一番大切な人は誰ですか?それは「自分」です。~学生の時に聞いておきたかった話~

みなさんこんにちは!^^

高知県梼原町のこだま進学塾が運営する「こだま学び舎プロジェクト(KMP)」。

管理人兼塾長のぽえる(Poeru)です。

 

塾をやっていて子供たちと話す機会が多い私ですが、最近気になっていることがあります。

それは、学校の先生の言葉を盲目的に信じてしまうことです。

 

小学生・中学生にとって、家族や学校は絶対的な存在です。

その大人たちが言う言葉を盲目的に信じてしまうことはある意味当然と言えるでしょう。

そこで嫌だ!と意思表示することができず、本当はどうしたいのかよりも、しなくてはならないことが積み上げられている。

そうして身動きが取れなくなって、呼吸が出来なくなってしまうのではないか。

自分から発信される声がかき消されてしまっているのではないか。

そんなことを感じています。

 

今回私が言いたいことは、

一番大切な人は「自分」でいいんだということ。

 

テストの点数によって一喜一憂してしまう人。

落ち込んでしまったり、学校嫌になってしまったりする人。

学校や家で居場所が無いなと感じている人。

勉強のやる気が出ない人。

是非読んでみてください。

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小学校・中学校の同級生などクソみたいなもの

中川淳一郎」さんという、ネットニュース編集者兼PRプランナーの方の書いた記事。

これを「今でしょ!」でおなじみの林修先生が初耳学にて共感した記事として紹介していました。

“小中学校の友人”なんてクソみたいなもの~きれいごとで子どもを追い込むな~

 

私も大いに同感です。

言葉は過激ですが、現実として私はプライベートで遊ぶ小中時代の同級生はひとりしかいません。

 

ただ同じ年齢で、ただ同じ地域に生まれただけ。

 

同級生とはそんなもんです。

それ以下でも以上でもないです。

そこに必要以上に意味を見出すことで息苦しくなってしまうのならば止めればいい。

その選択肢を今はっきりと私が提示しておきます。

 

小学生・中学生は自分で環境を選べません。

転校するにしても、親も一緒に動かねばなりません。

環境を変える為のエネルギーはとんでもないもの。

 

特に私の地元のような田舎では、地域とのかかわりも深いため、トゲトゲしくなってしまうはっきりとした物言いやふるまいは出来ないのも事実です。

だからこそ、同級生を大切にしなきゃではなく、

「将来ほとんど関わらないような人達なのでどうでもいい」

と心の奥では思ってもいいんだということを知って欲しいのです。

 

教育的観点でいえばそれは駄目なことだと教わります。

それが逆に正義感を持っている子どもに対してプレッシャーを与えていることにそろそろ大人も気づくべきだと思っています。

だってそうでしょう。

理想はそうかもしれませんが、合う合わないはある。

好きな人が出来るように嫌いな人も出来る。

それが普通です。

嫌いな人が出来ることを咎めるのではなく、嫌いな人に対しての接し方を指導すべきです。

理想論やキレイごとは大人が実際にやれるようになってから子どもに教えてください。

自分達が出来てもいない理想を、「実現できないと駄目だ」というような理不尽な教育を、子どもに押し付けないで欲しい。

 

将来会社に入っても嫌なやつは居ます。

だからこそ、学校では勉強や部活をまず自分なりに努力しようとし、友人関係においては上手くやりくりする術を学んでいってください。

嫌味を言われた時に流すことや、場を取り繕うこと。

空気を読んで意見を言わないこと。

正義感を抑えておくこと。

それもとても大切な世渡りの術です。

 

自分ひとりの力で出来ることには限りがあります。

だからこそ、周りの力を使うこと、協力してもらうことも大切なこと。

 

集団生活の中で学べるものは驚くほど多い。

友達と仲良くすることだけが全てではないのです。

当たり障り無く生活する事だって立派な技術。

休み時間に本を読みまくって知識を蓄えることも立派なこと。

 

学校と言うのは閉ざされた世界です。

教師もみんなのことまで見切れません。

だからこそ、そこで何を学ぶのか、そこで何を身に着けようとするのか、現状をどうすれば乗り切れるのか、それを考えることがとても大切です。

ひとりで考えても解決方法がない場合は、周りの大人に相談してください。

親身に聞いてくれない大人ばかりの場合もあるでしょう。

その時は、私にメッセージをください。

 

自分が一番可愛くて何が悪い

そうは言っても、そんな簡単に友達とのしがらみから抜け出せないよ・・・。

そうですよね。

私も嫌われたくなかった時期がありました。

でも、そこには「自分」はいませんでした。

 

私が言いたいのは、一番大切なのは「自分」だということです。

一番可愛いのは「自分」だということです。

 

将来ほとんど関わらないような同級生が一番大切なのではないのです。

 

自分のことが嫌い、好きになれないという人が居ます。

それでも人に好かれたい。

好きな人に、自分が嫌いな人を勧めているのは順番が違っています。

 

まず、自分が自分のことを大切にして、自分のことを好きで居てあげてください

ちいさなことでいい。

小テストで100点取れたでもいいし、毎日学校に言ってる私偉い!でもいい。

自分を褒めてあげて欲しい。

その上で自分のことを好きになっていって欲しい。

 

だって自分とは一生離れられないんだから。

だから、優先順位はまず自分を好きになること。

その上で、人を大切にしようとしたり、人を好きになろうとすることが大切なのです。

 

人の物を盗むこと、壊すこと、人を故意に傷つけることは絶対駄目

では自分を好きでいるために何でも正当化していいのか。

それは違います。

この国で生きている以上、法律があり、学校でもルールがあります。

そのルールを理解した上でリスクを受け止める覚悟があればそれは正解ではあります。

しかし、ルールが有る無い関わらず、以下のことは絶対にしてはいけません。

1、人のものを盗むこと

2、ものを壊すこと

3、人を故意に傷つけること

 

自分を好きでいるように、他の人も自分を好きでいます。

自分が大切なように、他の人も大切に思っています。

上記に挙げた3つは、他の人の大切なもの、または他の人そのものを傷つけ、失くしてしまいます。

このような行為は法律とかルールとか関係なくしてはいけないことだと私は定義しています。

 

自分が一番大切で良い。

でも、自分以外の人もまた切っても切り離せない存在であり、自分を救ってくれる重要な存在です。

人を選ぶ必要はあるかもしれないけれど、誰かは誰かにとっての大切な人。

恨みや憎しみの連鎖が始まってしまわないように、絶対にやってはいけないことを肝に銘じておきましょう。

 

戦いとはゲリラ戦。自分が優位に立てる条件を探そう

「井の中の蛙」

広い世界を知らず、狭い世界のことしか知らない、哀れな存在の象徴として話されています。

世間知らず、お山の大将といった意味合いです。

私は井の中の蛙も選択した上でなるのであれば大ありだと思っています。

 

こんな言葉もあります。

「鶏口となるも牛後となる無かれ」

小さい集団のトップ(鶏の口先)になっても、大きい集団の下位(大きい牛の後ろ)になるなという言葉です。

私はこの言葉が好きです。

 

自分がどの分野で、どのエリアで勝負するか。

それによって、自分自身の武器の価値は変わります。

例えば英語を話せると言う能力は、世界レベルで見ると当たり前レベルでしょう。

ネイティブの人もいるわけなので、むしろ平均以下の能力かもしれません。

しかし、中学校の中で英語を喋れる人となると、英語の先生くらいのものでしょう。

そうすると英語についての知識を聞くときにはその先生に聞くでしょう。

 

クラス1足が速い人も、世の中に出るとさらに上の人が現れます。

そうやって一番足が早い人を競った結果、日本で一番になってもウサインボルトには到底勝てません。

でも、日本で一番ならば、世界で20位でも(十分すごいんですが)、仕事をするときも、CMに起用される時にも、非常に有利になります。

 

上を目指すのはとてもいいことだと思っています。

しかし、本当に果てがありません。

ウサインボルトが100mが誰よりも速くても、50mや1000mだったら他に速い人がいるのです。

なので、自分が戦う領域、地域、集団はしっかりと選ぶ必要があります。

私の場合だと、梼原町、津野町、高幡地域では塾講師として、学力も、意欲も、教育の知識も一番であろうとしています。

日本一は目指していない。(厳密に言うと目指してもさすがにきつすぎる 苦笑)

自分が手に届く目標をしっかりと掴み取って達成して行き、それを積み重ねていくことも立派な戦略だと思っています。

クラスで一番になれなくてもいい。

まずは前の自分と戦って勝つでもいい。

負け続けたり、結果が出ないときは、戦う場所を変えることもとても大切なことだと言うことを知っておいてください。

 

自分で運命を切り開く力は自分でしか得られない

小学生・中学生に話すには難しい話が並んでいますね。

でも私は、こんな話を、大人に真正面からして欲しかった。

下手に夢とかきらきらしたものばかり見せて欲しくなかった。

夢や目標は作らせるけど、学校の勉強のやり方以外の方法を教えてもらってはいませんでした。

 

学校の先生や大人たちも、私も含めて、これ!という答えは出せていないからでしょう。

もちろんそもそも絶対に乗り越えられる方法なんてあるわけじゃない。

 

それならばそうと、私は子ども達に伝えておきたい。

大人ももがいていること。

子どもの時に描いた夢との差に失望してしまう時があるということ。

疲れきってしまっている人もいるということ。

 

でも、子ども達のために働いて、必死に君たちを育ててくれていること。

君たちの幸せを強く願っていると言うこと。

 

最初に話したとおり家庭環境や学校などの環境は自力で変えられるものではありません。

じゃあ変えられないからと嘆くばかりでは、何一つ自分のやりたいことは出来ない。

我慢をし続けなくてはならない。

 

やりたいことを実現するために必要なのは、今自分が出来ることをしっかりと見つめ、向き合うことです。

逃げ続けることは出来ない。

そういう意味で、どこかで諦めてください。

逃げ続けることを諦めてください。

 

環境はすぐには変えられないかもしれない。

でも、今のところから抜け出すためには、選択肢が持てるような力をつけないといけない。

地元の学校にしか受からないレベルしか持っていなければ、そこを抜け出したいと言う思いは我慢するしかなくなります。

地元の学校では学べないものを身に着けたいのに学力が足りなければ、その夢は遠ざかってしまう。

 

未来の自分のために動くことはぴんと来ない部分が多くて難しいかもしれません。

目の前の色んな誘惑に負けることもあるでしょう。

でも、自分の未来を切り開くことが出来るのは、自分の努力だけということをしっかりと自覚しておいてください。

自分だけが自分のことを助け、自分に力を与えてやることが出来ます。

そのための手法を教えることや、サポートなら喜んでやります。

自分ひとりで戦うのは難しいからこそ、塾のような存在があるのです。

 

最後に

子どもの教育についての悩みであれば、小学生・中学生・高校生・大学生自身でも、保護者でも、学校の先生でも、地域の人でも大歓迎です。

一緒に考えさせてください。

現時点で金銭的に厳しいという人は、一度でいいから相談に来てください。

直接見ることが難しくても、色んな形でできるフォローがあるかもしれません。

 

以上、私が小学生・中学生の時に聞いておきたかった話第1弾でした。

また思い浮かんだら第2弾以降もあるかもしれません。

こんな話をして欲しいというのがあったら、是非気軽に話してくださいね。

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ABOUTこの記事をかいた人

平成元年生まれ。現在高知県の田舎にあるこだま進学塾を運営中。塾長として地域の子供たちに勉強を教えている。趣味はギター(弾き語り)、バドミントン、漫画、ゲーム。こだま学び舎プロジェクト(KMP)の管理人。